医学部の面接試験と芥川龍之介の『羅生門』—これら二つの間に、何か共通点があるとお考えになったことはありますか？
一見すると、まったく関係のないように思える古典文学と現代の医学部入試。
しかし、二十数年にわたり教育の現場に立ち、特に「多様な学び方」を持つ医学部志望者と向き合ってきた私の目には、そこに重要な接点が見えてきたのです。
医学部面接で問われるのは、単なる知識の暗記ではなく、一つの事象を多角的に捉える視点と、そこから生まれる深い人間理解ではないでしょうか。
『羅生門』という一篇の小説から、私たちは医療人に必要な「多角的視点」をどのように学び、それを面接試験でいかに表現できるのか—本記事では、文学作品を通じて培う思考法と、それを医学部面接で活かすための具体的な方法をお伝えします。
特に、従来の画一的な受験対策になじめない方々、地方出身者や特性のある学習者の皆さんに、新たな可能性の扉を開くきっかけとなれば幸いです。
『羅生門』に見る人間理解の複層性
芥川龍之介の『羅生門』は、平安時代末期の荒廃した京都を舞台に、一人の下人と老婆の出会いを描いた短編小説です。
雨に打たれ、主人から放り出された下人が雨宿りのために羅生門に上がり、そこで死体から髪の毛を抜き取る老婆と出会う—この一見シンプルな物語には、人間の心理と倫理に関する深い洞察が幾重にも折り重なっています。
「人間とは何か」「善悪とは何か」—この問いに対して、芥川は決して一つの答えを提示しません。
むしろ読者一人ひとりに、自らの答えを探す旅に出るよう促しているのです。
下人と老婆—立場の違いが生み出す「正義」の多様性
下人は当初、死体から髪を抜く老婆の行為に対して「きっと悪い者に違いない」と断罪します。
しかし、老婆が語る「生きるための必然性」という論理に触れたとき、彼の中の善悪の境界線は揺らぎ始めるのです。
老婆は言います。「この髪の毛は、蓑にして売るのです。もし私がこうしなければ、飢え死にするのです」。
生きるための行為と、社会的な倫理観—この二つの相克は、医療現場でも日常的に直面する問題ではないでしょうか。
例えば、限られた医療資源をどう配分するか、終末期医療における選択、あるいは感染症対策における個人の自由と公衆衛生のバランスなど。
『羅生門』が教えてくれるのは、「正しさ」は立場や状況によって変容するという視点です。
医師になろうとする者には、この「多様な正義」の存在を理解し、自分とは異なる背景や価値観を持つ人々に寄り添う姿勢が求められているのではないでしょうか。
生きるための苦悩と選択—医療現場の倫理的葛藤への示唆
物語の最後で下人は老婆の着物を剥ぎ取り、自らも「盗人」になることを選びます。
芥川はこの転換を、単なる「悪への転落」としては描いていません。
むしろ、生きるための選択として、ある種の必然性を持って語られているのです。
「飢死をするか盗人になるか」—この二者択一の状況で、人間はどう選択し、その選択にどう向き合うのか。
医療現場には、こうした「正解のない選択」が溢れています。
限られた医療資源の中で、誰を優先的に治療するか。
患者の希望と医学的適応が一致しない時、何を優先すべきか。
医学部面接では、こうした倫理的葛藤に対する受験生の思考プロセスこそが評価されるのです。
『羅生門』を通じて私たちが学べるのは、白黒つかない状況でも、深く考え、苦悩し、それでも選択する勇気ではないでしょうか。
読者に委ねられた結末—多様な解釈を許容する文学の力
『羅生門』の結末は、下人が「暗い夜の中に紛れて行った」という一文で閉じられます。
彼がその後どのような人生を歩むのか—それは読者の想像に委ねられているのです。
この「開かれた結末」は、医療における「答えのない問い」に似ています。
日々の診療において医師は、教科書に書かれていないケースに直面し、前例のない判断を迫られることがあります。
文学作品と向き合うことで培われるのは、このような「あいまいさに耐える力」「複数の可能性を想像する力」なのです。
ある医学部教授は私にこう語ったことがあります。
「医学教育で私たちが育てたいのは、唯一の正解を効率よく暗記する学生ではなく、答えのない問いに向き合い、多様な選択肢の中から最善を模索できる医師です」。
『羅生門』との対話を通じて、皆さんが培う「多角的視点」こそ、医学部面接官が密かに探し求めているものなのかもしれません。
医学部面接試験の真の評価ポイント
医学部面接試験—それは単なる「知識のチェック」ではありません。
多くの受験生が「正解」を求めて対策に奔走しますが、面接官が本当に見ているのは、あなたの「思考のプロセス」なのです。
私が長年、医学部入試に関わる教員や面接官と対話する中で気づいたのは、彼らが最も高く評価するのは「型にはまらない、その人らしい思考」だということ。
それは『羅生門』の読者が、それぞれ異なる解釈を持つことができるのと同じです。
表層的な「正解」を超えた思考プロセスの評価
「臓器移植についてどう思いますか」
この典型的な医学部面接の質問に対して、多くの予備校では「臓器提供の重要性と、それに関わる倫理的課題のバランスを述べよ」といった模範解答を教えます。
確かにそれは間違いではありません。
しかし、面接官が真に評価するのは、その「正解らしき答え」ではなく、その結論に至るまでの思考の道筋なのです。
例えば、自分の家族が臓器提供を受ける立場になったらどう感じるか。
あるいは、提供者の立場で考えたとき、どのような葛藤があるか。
さらには地域の医療資源格差という視点から見たときの課題は何か。
このように多角的な視点から考察を深め、自分自身の言葉で語ることこそが、高評価につながるのです。
『羅生門』で下人が老婆の論理に触れ、自らの価値観を問い直したように、面接官はあなたの「価値観の揺らぎ」や「思考の深まり」を見たいと考えているのかもしれません。
医学部面接官が密かに探る「多角的視点」の兆し
ある国立大学医学部の面接担当教授は、私とのインタビューでこう語りました。
「私たちが探しているのは、一つの物事を複数の角度から見られる学生です。患者さんの病気だけでなく、その背景にある生活環境、家族関係、価値観まで想像できる医師が育ってほしい」
まるで『羅生門』の読者が、下人の視点、老婆の視点、そして第三者としての視点を行き来しながら物語を解釈するように、面接官は受験生の中に「視点を切り替える柔軟性」を探しているのです。
例えば、「なぜ医師になりたいのですか」という定番の質問。
単に「人の役に立ちたいから」と答えるだけでなく、医師という職業の社会的意義、自分自身の経験や資質との関連、地域医療における役割など、多角的な視点から自分の志望動機を語れることが重要です。
そしてその際、一般論だけでなく、自分ならではの具体的なエピソードを交えることで、あなたの「多角的視点」は説得力を増すでしょう。
地方出身者や特性のある受験生が直面する面接の壁
私自身が島根県の出身であり、また長男の医学部受験にも関わってきた経験から痛感するのは、地方出身者や発達障害などの特性を持つ受験生が面接試験で感じる「見えない壁」の存在です。
大都市の進学校出身者のように、模範的な受験対策を積み上げてきた学生と比べると、言葉遣いや受け答えの「洗練さ」で見劣りすることもあるかもしれません。
しかし、それは決して「能力の差」ではないのです。
むしろ、地方ならではの医療課題への理解や、特性から生まれる独自の視点こそ、医療の多様性を豊かにする貴重な資源なのではないでしょうか。
『羅生門』で老婆が語る「生きるための論理」が、都の秩序とは異なる視点を提示したように、皆さんの「主流とは異なる視点」こそが、医学部面接で輝く可能性を秘めているのです。
「型」に収まらない回答が評価される逆説
私が医学部合格者の面接対策を振り返って気づくのは、意外にも「型破り」な受験生が高評価を得ていることです。
文科省の調査によれば、近年の医学部入試では「多様な背景を持つ人材」の確保が重視されています。
このトレンドは、医学部面接においても「パターン化された回答」より「個性的な視点」が評価される傾向を生み出しているのです。
例えば、ある地方出身の学生は「高齢化が進む故郷での在宅医療の現状」を自らの祖父母の事例と結びつけて具体的に語り、面接官から高い評価を得ました。
また、学習障害を持つある受験生は「自分の特性によって気づいた医療コミュニケーションの課題」について語り、その誠実さと独自の視点が認められて合格を勝ち取りました。
『羅生門』が古来の物語を芥川独自の視点で再解釈したように、皆さんも「医学」という普遍的な学問に、あなただけの視点で新たな光を当てることができるのです。
『羅生門』を活用した面接対策の実践法
では具体的に、『羅生門』の学びを医学部面接にどう活かせばよいのでしょうか。
単に文学作品の知識を披露することが目的ではありません。
大切なのは、『羅生門』を通して培った「多角的思考」を、面接の場でいかに発揮するかです。
文学は、私たちの思考の「筋トレ」なのです。
老婆の論理—「悪」の相対性から学ぶ医療倫理の考察
『羅生門』の老婆は、死体から髪を抜く自分の行為を、「生きるため」という理由で正当化します。
「この髪の毛を抜いて、鬘にして売らなければ、飢え死にしてしまう」—この論理は、一般的な倫理観からすれば「悪」とされるかもしれません。
しかし、生存という根源的な価値と社会的規範の間には、時に深い溝が生じることがあるのです。
医療倫理の問題に置き換えてみましょう。
例えば、「限られた医療資源をどう分配するか」という問題。
若い患者を優先すべきか、それとも重症度を基準にすべきか。
あるいは、「患者の自己決定権と医学的適応の不一致」の問題。
医学的には効果が見込めない治療を患者が強く希望するとき、医師はどう対応すべきか。
面接でこうした問いに答える際には、老婆のように「立場によって異なる正義」があることを示すことが重要です。
「〜すべき」と一方的に断定するのではなく、「患者の立場からは〜という価値観が重要かもしれません。一方で医療提供者としては〜という視点も必要です」といった形で、複数の視点を示すこと。
そして最終的に「私は〜と考えます」と、多角的な考察を踏まえた上での自分の立場を述べることで、思考の深さを示すことができるでしょう。
下人の葛藤—自己の偏見や価値観を相対化する訓練
下人は物語の中で、老婆を「悪」と決めつけていた自分の価値観が揺らぐ経験をします。
この「自己の価値観の相対化」は、医師に必要な重要な能力です。
医師は様々な背景を持つ患者と向き合います。
自分とは異なる文化、信条、生活習慣を持つ人々の価値観を理解し、尊重する必要があるのです。
面接対策として、以下のような訓練が有効です。
一つのテーマ（例：「終末期医療における延命治療」）について、まず自分の考えを明確にしてみる。
次に、全く異なる立場の人（例：高齢の患者、若い家族、医療費を負担する保険制度の運営者など）の視点で考えてみる。
そして最後に、それらの視点を踏まえて、自分の当初の考えがどう変化したかを振り返る。
この訓練を繰り返すことで、「自分の価値観はあくまで一つの見方に過ぎない」という謙虚さと、「異なる立場への想像力」を養うことができるでしょう。
面接では、こうした思考のプロセスを示すことが、医師としての適性をアピールすることにつながります。
文学的想像力を用いた「困難事例」への対応力強化
医学部面接では、しばしば「困難な状況」を想定した質問が出されます。
「患者さんから医療ミスを疑われたらどうしますか」
「末期がんの真実を知りたくないと言う患者さんに、どう対応しますか」
こうした質問には、単一の「正解」は存在しません。
大切なのは、その状況に関わる様々な人の立場や感情を想像し、多角的な視点から最善の対応を模索する姿勢です。
ここで役立つのが、文学を通じて培われる「想像力」です。
『羅生門』の読者は、下人の恐怖、老婆の必死さ、さらには描かれてはいないが死体となった人の生前の思いなど、様々な立場を想像しながら物語を読み進めます。
この「複数の視点を同時に持ちながら状況を捉える力」こそ、困難事例への対応に不可欠な能力なのです。
面接対策としては、医療に関する小説や映画、ドキュメンタリーなどから様々な事例を学び、それぞれの登場人物の心情を想像する訓練が有効です。
例えば、「チーム医療」に関する質問を受けたとき、単に「連携が大切です」と答えるのではなく、「看護師の立場では〜、患者家族の視点では〜、研修医としては〜」といった複数の視点から考察を示せると、面接官に深い印象を与えることができるでしょう。
芥川の描写技法から学ぶ簡潔で印象的な自己表現
『羅生門』の魅力の一つは、芥川の簡潔かつ印象的な描写技法にあります。
「下人の眼には、まぶたが反りかえって、大きな眼が、みきゃくとして、不気味に光っている」といった一文は、少ない言葉で読者の想像力を刺激します。
医学部面接では、限られた時間の中で自分を表現する必要があります。
冗長で抽象的な説明より、具体的で印象に残る表現が重要なのです。
例えば、「医療に関心があります」という代わりに、「祖父の難病と向き合った家族の経験から、医療の可能性と限界の両方に魅了されました」と語る方が、面接官の心に残るでしょう。
また、「勉強が好きです」という漠然とした表現より、「一つの疾患について学ぶとき、病態生理から治療法、患者さんの生活への影響まで、つながりを意識して探究することに喜びを感じます」と具体的に述べる方が、あなたの思考の深さが伝わります。
芥川が多くを語らずとも読者の想像力を刺激したように、面接でも「すべてを語り尽くす」必要はありません。
むしろ、面接官の想像力を刺激するような核心的な表現を心がけることが、効果的な自己表現につながるのです。
多様な学習者のための個別化された面接準備
医学部面接対策は、決して「一つの型」に当てはまるものではありません。
特に、ディスレクシアやADHDなどの特性を持つ学習者、地方出身者、多様なバックグラウンドを持つ受験生には、それぞれの強みを活かした個別化されたアプローチが必要です。
実際に、富士学院の医学部合格実績を見ると、「医師になりたい」という強い意志を持つ学生を選抜制に捉われず受け入れ、個々の特性に合わせた指導を行うことで、医学部医学科専願者662名中363名（実数合格率58.4%）という高い合格率を達成しています。
偏差値30台から医学部合格を果たした事例もあり、多様な学習者の可能性を広げる教育の重要性が伺えます。
私は特別支援教育の専門家として、また長男の医学部受験を支えた一人の母親として、「多様性」こそが医療の未来を豊かにする原動力だと信じています。
ディスレクシアやADHDの強みを活かした面接戦略
発達障害は「障害」ではなく「特性」であり、そこには独自の強みが存在します。
例えば、ADHDの方々が持つ創造性や直観的な問題解決能力、ディスレクシアの方々が培ってきた独自の視覚的思考や全体を俯瞰する力—これらは医療現場でも大いに活かせる能力です。
面接準備では、まず自分の特性による「強み」を客観的に分析することから始めましょう。
例えば、ADHDの特性を持つある学生は、「多角的に物事を考えられる」「場の空気を敏感に察知できる」「危機的状況で冷静に判断できる」といった強みを持っていました。
これらの強みが医療現場でどう活きるか、具体的なシナリオを想定して説明できるよう準備しておくことが大切です。
もちろん、特性によるチャレンジを隠す必要はありません。
むしろ、「読むことより聞くことで情報を得るのが得意なので、患者さんのストーリーに耳を傾ける姿勢を大切にしたい」など、特性と医療者としての姿勢を積極的に結びつける姿勢が評価されるでしょう。
┌──────────────────────┐
│ 特性を強みに変える視点 │
└──────────┬───────────┘
│
↓
┌──────────────────────┐
│ 医療現場での具体的活用法 │
└──────────┬───────────┘
│
↓
┌──────────────────────┐
│ 面接での効果的な伝え方 │
└──────────────────────┘面接では、自分の特性を「医療の多様性に貢献できる独自の視点」として前向きに表現することを心がけましょう。
マルチモーダルアプローチによる面接シミュレーション法
一つの情報を様々な方法で処理する「マルチモーダル学習」は、特に多様な学習者にとって効果的な面接準備法です。
私が開発した面接シミュレーション法では、以下のようなステップを組み合わせます。
- 視覚化: 面接での質問と回答を、マインドマップやフローチャートで視覚的に整理する
- 音声化: 回答を録音して聞き返し、話し方の特徴や改善点を把握する
- 身体化: 回答中の姿勢や表情、ジェスチャーを鏡やビデオで確認する
- 対話化: 友人や家族との模擬面接を通じて、リアルタイムの応答力を養う
例えば、「なぜ医師を目指すのか」という質問への回答を準備する場合、まず自分の思いを紙に書き出し、それを構造化して視覚的に整理します。
次に、その回答を実際に声に出して録音し、聞き返してみる。
さらに、鏡の前で姿勢や表情を意識しながら回答を練習する。
最後に、家族や友人と模擬面接を行い、質問の意図を汲み取りながら応答する訓練を重ねるのです。
この「マルチモーダル」なアプローチにより、様々な学習スタイルを持つ受験生が、自分に合った方法で面接に備えることができます。
「金継ぎ」の美学—つまずきを個性に変える自己分析
私が長年続けている陶芸の世界には、「金継ぎ」という技法があります。
壊れた器を金や銀で修復し、その傷跡をあえて美しく見せる日本の伝統技法です。
この「金継ぎ」の美学は、私の教育哲学にも大きな影響を与えています。
「つまずき」は隠すべきものではなく、それを乗り越えることで生まれる独自の強さや美しさがある—この考え方は、医学部面接の自己分析にも応用できるのです。
面接では、自分の「つまずき」や「失敗」を、どのように乗り越え、そこから何を学んだかを語ることが重要です。
例えば、「高校時代の成績不振」という事実も、「そこから時間管理の重要性を学び、自分に合った学習法を開発した」という成長物語に変えることができます。
「幼少期からの健康上の課題」も、「患者の気持ちを理解できる医師になりたいという志につながった」と表現できるでしょう。
大切なのは、「つまずき」を「金継ぎ」で修復するように、それを自分の個性や強みとして捉え直す視点です。
面接準備として、自分のライフストーリーを振り返り、つまずきの経験を「金継ぎ」で修復するようなワークシートを作成してみましょう。
| 経験したつまずき | そこから学んだこと | 医師としてどう活かせるか |
|---|---|---|
| 留年の経験 | 自分に合った学習法の開発 | 患者さんそれぞれに合った説明ができる |
| 地方の医療過疎 | 地域医療の重要性への気づき | 都市と地方の医療格差解消に貢献したい |
地方在住者が培った多様性理解を面接で表現する方法
私自身、島根県出身の地方育ちです。
都会の華やかな医療環境ではなく、限られた医療資源の中で人々が支え合う姿を見て育ちました。
こうした地方出身者ならではの経験や視点は、医学部面接で大きな強みとなり得るのです。
例えば、「祖父母との同居が一般的な地域で育ち、三世代の会話から高齢者医療への関心が芽生えた」といった経験。
あるいは、「地域の唯一の診療所で様々な患者さんを診る医師の姿から、総合診療の重要性を学んだ」といった視点。
これらは都市部の受験生には語れない、地方ならではの価値観です。
面接準備としては、自分の地域の特性（高齢化率、医師数、特徴的な疾患など）を客観的データとして把握した上で、そこから生まれた自分の問題意識や将来の展望を整理しておくことが有効です。
例えば、「私の出身地では高齢化率が38%と全国平均を大きく上回っています。そこで育った経験から、私は高齢者の生活背景を理解した上での医療提供の重要性を実感しています」といった具体的な表現ができると、面接官に強い印象を与えることができるでしょう。
地方出身であることを「弱み」ではなく「独自の視点を持つ強み」として捉え、自信を持って表現することが大切です。
面接官の心を動かす物語（ナラティブ）の構築
面接は単なる「質疑応答」ではありません。
それは、あなた自身を「物語」として伝える場でもあるのです。
物語（ナラティブ）には人の心を動かす力があります。
医学部面接においても、論理的な回答に加えて、心に残る「物語性」を持った自己表現ができれば、面接官の記憶に深く刻まれることでしょう。
ここでは、『羅生門』の文学的構造を参考に、印象に残る自己表現の方法をお伝えします。
『羅生門』の構造分析から学ぶ印象に残る自己紹介
芥川の『羅生門』は、「雨の中で途方に暮れる下人」という印象的な場面から始まります。
この冒頭部分は、読者の想像力を刺激し、物語の世界へと引き込む役割を果たしています。
医学部面接での自己紹介も同様に、「印象的な一場面」から始めることで、面接官の関心を引くことができるのです。
例えば、「私の医師を志すきっかけは、13歳の時に祖父の緊急手術に立ち会った経験にあります」といった具体的な場面から始める。
あるいは、「地方の診療所でたった一人で様々な症例に対応する医師の姿に、医療の本質を見た気がしました」といった印象的な場面を描写する。
このような具体的な「一場面」から始めることで、面接官はあなたの物語に興味を持ち、その後の説明にも耳を傾けるでしょう。
自己紹介の構造としては、以下のような流れが効果的です。
① 印象的な場面（具体的エピソード）
↓
② そこから生まれた問い・気づき
↓
③ その後の探究や行動
↓
④ 現在の志望動機と将来展望この「物語」としての構造を意識することで、単なる事実の羅列ではなく、面接官の心を動かす自己紹介が可能になるのです。
「問い→探究→発見→新たな問い」のサイクルで構成する回答
芥川の『羅生門』は、下人の「生きるためにはどうすべきか」という問いから始まり、老婆との対話を通じた探究、そして自らの選択という「発見」へと至ります。
そして物語は、下人がその後どうなるかという「新たな問い」を読者に投げかけて終わるのです。
医学部面接の回答も、同様の「サイクル」を意識することで深みを増します。
例えば、「地域医療について」の質問に対する回答を考えてみましょう。
まず「問い」として、「なぜ日本の地方では医師不足が深刻なのか」という疑問を提示する。
次に「探究」として、「実家の地域での経験や、地域医療に関する文献から学んだこと」を語る。
そして「発見」として、「地域医療には総合的な診療能力と地域社会への理解が不可欠だと気づいた」ことを述べる。
最後に「新たな問い」として、「では、これからの時代に求められる地域医師像とは何か」という展望を示す。
このような「サイクル」を意識した回答は、あなたの思考の深さと柔軟性を示すとともに、面接官との知的な対話を促すことにもつながります。
面接準備として、よく聞かれる質問に対して、この「問い→探究→発見→新たな問い」のサイクルでメモを作成してみると良いでしょう。
文学的比喩と具体例を用いた抽象概念の説明技術
医学や医療には、「チーム医療」「患者中心」「共感性」など、抽象的な概念が多く含まれます。
こうした概念を面接で説明する際に有効なのが、文学的な比喩と具体例です。
芥川は『羅生門』の中で、「下人の心には、ある勇気が生まれてきた。それは、さっき門の下で、この老婆を捕えようとした時の勇気とは、全然、反対な方向に動こうとする勇気であった」と、抽象的な「勇気」という概念を具体的な状況と結びつけて描写しています。
医学部面接でも、例えば「チーム医療」について説明する際、「オーケストラの演奏のようなもの」という比喩を用いた上で、「指揮者がいても、各楽器が自分の役割を理解し、他の楽器の音も聴きながら演奏することで初めて美しいハーモニーが生まれるように、医療チームも各専門職の独自性と協調が重要です」といった説明ができると、面接官の理解と共感を得やすくなります。
また、抽象的な概念には必ず具体例を添えることも重要です。
「患者中心の医療」という概念を説明する際には、「例えば、治療法の選択において、医学的に最適とされる方法と、患者さんの生活スタイルや価値観に合った方法が異なる場合があります。そうした時に、患者さんの生活の質や希望を尊重しながら、最善の選択を共に考えていくプロセスが、患者中心の医療の本質だと考えています」といった具体例があると、あなたの理解の深さが伝わるでしょう。
比喩と具体例を用いた説明は、あなたの思考の豊かさを示すとともに、面接官にとっても記憶に残りやすい回答となります。
失敗体験を成長物語に変換する文章構造の技法
医学部面接では、「これまでの失敗体験とそこからの学び」を問う質問がよく出されます。
多くの受験生は失敗の事実を簡単に述べた後、「そこから頑張ることの大切さを学びました」といった表面的な結論で終わらせがちです。
しかし、失敗体験こそ、深い「物語」として構成することで、あなたの人間性と成長プロセスを効果的に伝えることができるのです。
『羅生門』で下人が、老婆との出会いを通じて自分の価値観の変容を経験したように、失敗体験も「価値観の変容」を含む物語として構成することが効果的です。
例えば、以下のような構造で失敗体験を語ってみましょう。
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▼ 失敗の物語化 ▼
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1. 【当初の前提・価値観】
例：「効率重視の学習法が最善だと信じていた」
2. 【直面した挫折・葛藤】
例：「模試の成績が伸び悩み、自信を喪失した時期」
3. 【転機となる出会いや気づき】
例：「地域の医師との対話から、学ぶ目的を見つめ直す機会を得た」
4. 【価値観の変容】
例：「効率だけでなく、理解の深さと医療への共感を重視するように変わった」
5. 【新たな行動と結果】
例：「患者の視点を意識した学習法を開発し、医学への理解が深まった」
6. 【将来への展望】
例：「この経験を活かし、常に目的を意識した学びを続ける医師になりたい」このように「物語」として構成することで、単なる「失敗→克服」という平板な説明ではなく、あなたの内面的な成長プロセスを説得力を持って伝えることができるのです。
特に、「価値観の変容」を含む物語は、医師としての適性を評価する面接官の心に響きやすいでしょう。
失敗体験の準備では、「その経験が自分の何を変えたのか」という内面の変化に焦点を当てることを忘れないでください。
まとめ
芥川龍之介の『羅生門』と医学部面接—この一見かけ離れた二つの世界には、実は深いつながりがありました。
文学が私たちに教えてくれるのは、一つの出来事を多角的に捉える視点、様々な立場に立って考える共感力、そしてあいまいさの中でも自分なりの答えを模索する勇気です。
これらはまさに、医師に求められる資質と重なり合うものではないでしょうか。
医学部面接は、単なる知識のチェックではなく、あなたの「多角的視点」と「人間性」を見る場です。
型にはまった「正解」を求めるのではなく、あなた自身の経験や価値観に根ざした、独自の視点を大切にしてください。
特に、地方出身者や特性のある学習者の皆さんには、それを「弱み」ではなく「独自の視点をもたらす強み」として捉え直してほしいと思います。
多様性こそが、これからの医療を豊かにする源泉なのですから。
『羅生門』の下人が雨の中で新たな一歩を踏み出したように、皆さんも自分だけの物語を紡ぎながら、医学への道を歩み始めてください。
そして、その第一歩として、ぜひ『羅生門』をはじめとする文学作品を、「医師になるための学び」という新たな視点で読み直してみてはいかがでしょうか。
あなたの中に眠る「多角的視点」が、きっと目を覚ますことでしょう。
